表情を隠さない

息子と人気のない近くの公園へ出かけようとした時の話。「今日は誰にも会わないから、お母さんだけマスクしていけばいいかな。」そう伝えると、いつものにっこり笑顔で言ってくれました。「そうだよね、マスクしていたら笑った顔が見えなくなっちゃうもんね。」なんだかコイツ、さすがだなとやけに感心してしまった出かけ前。人の表情が大切なこと、それを子供の視点で沢山感じていたようです。

休校になった後、学校から送られてきたメールに溢れそうになる気持ち。4日間の短時間校庭の開放、分散しての登校日を一日、そして終了式を検討しているとのこと。何度も何度も議論を重ね、検討した末に出してくれたその結論に胸がいっぱいでした。校庭開放日は、学校が遠いこともあり結局近くの公園で遊ぶことに。それでも、登校日を待ち遠しく思っていた息子と久しぶりにランドセルを引っ張り出してきた時、もうすぐだねとわくわくする想いが堪えきれませんでした。このまま春休みだったら、1年1組の息子の最終日は体調不良で欠席の日でした。それではあまりにも悲しすぎると思っていた中での登校日。たった一日でいい、一時間でいい、またあのクラスで皆と会えたら。そんなささやかな願いが届いてくれたようで、先生達からの精いっぱいの時間というプレゼントを、忘れないでいてほしいと祈らずにはいられませんでした。
今日は日曜日。本当ならあったはずの野球チームもお休み。こんな時だから仕方がないねって言い合いながら出された課題のプリントを一緒にやりながら、最後の伝言板の返事。『これまで、息子の成長を温かい目で見守って頂き、本人も私も何度も助けられました。先生が担任になってくださり、幸せな一年間でした。心からありがとうございました。私も先生が大好きです。』なんだかもう告白みたいだ。それでもいい、届けばいい。
「ママも一緒に行くの?」「お母さんは行かないよ。だって学校だから。自分で行って帰っておいで。」すっかり甘え癖がついてしまった息子の言葉に苦笑しながらも、改めて学校の有難さを痛感した日。沢山助けられてきたね。

何でもないふりして出向いた週末のシェアオフィス。ITエンジニアの方に久しぶりに会うことができ、どこかで張り詰めていた糸がそっと緩んだようでほっとしました。今のこの状況に少しだけメールで弱音を吐かせてもらうと、嬉しくなるような返信が。『細い流れでも途切れさせないことが大切だし、一番大変なことだと思います。そんな人になりたいなあと。お互いなれますよ継続していれば、きっと。無理なされないように。』最初に会った時から、なかなか鋭い方だなとも思ったし、どこかで捉えどころというか感性の似ている方だなとは思っていました。だからこその心地よさを感じていたのですが、こんなタイミングで助けられるとは。「知り合いの方に頼まれたサイトを制作したんだけどね、赤が出ちゃってさ、でも喜んでもらえたからまあいいやって思ってね。」建前ではなく、本心で笑いながら言ってくれている表情を見て、私も嬉しくなったことを覚えています。お金ももちろん大切だけど、その裏側にある人との繋がり。その部分を忘れないでいたいね、それがまた繋がっていったらいいじゃない。そんな時にこの仕事をやっていて良かったなとか、その時に味わった気持ちをまたどこかで返していけたらなとかね。そんなことを真っ直ぐな気持ちで、話してくれたことが蘇りました。

目の前を通過したITエンジニアの方。マスクを外して、私が大好きな玄米ブランのイチゴ味を出し、「非常食です。」と言って手渡すと、満面の笑みで喜んでくれました。素直な人は表情に出る。そんな生き方をこれからもしていきたい、そう思った春の晴れた気持ちのいい午後。