星野監督の存在感

逝去されたことが、あまりにも突然のことのように思えて、信じられず、何をどう伝えたらいいのか、未だに分からないでいます。

子供の頃から、地元のナゴヤ球場や、野球中継で、星野監督が見られることがとても嬉しく、その存在感はとても大きなもの。過去形にするのではなく、それはこれからも永遠に変わることはないし、きっと沢山の人の心の中に居てくださるのだと思っています。

ナゴヤ球場は、ナゴヤドームよりも明るくはなかったので、ライト側の外野席から応援していても、ベンチに座っている星野監督をくっきり見ることはできませんでした。それでも、腕組みをして、威厳のある雰囲気は伝わってきたし、その姿を感じるだけで、ファンとして嬉しかったことを今でも覚えています。

色々な報道がされるので、どれが正しい情報なのか、掴み切れない部分もあったのですが、私が大好きだった中日の抑えのエース、与田剛投手が、新人一年目に大活躍し、二年目に不調に陥ったことに対して、星野監督は、いきなり使いすぎてしまったことを反省されていたようです。表にはなかなか出てこないところで、きっと二人だけのやり取りがあり、労いや、叱咤激励や、これからの活躍や、さりげなく「よくやってくれた。」なんて、言葉をかけていたのかも。
記者には語らない、監督と選手だけの絆。星野監督は人一倍強かった気がします。

中日で二度のリーグ優勝をした後、低迷していた阪神の監督に。
『勝ちたいんや』その言葉は、選手やコーチ陣、阪神ファンの心の奥底に届きました。
星野監督だからこその、言葉の重みや深み、そして優しさをたったひと言で伝える。
リーグ優勝できた時、おめでたい阪神ファンの友達からメールが来た後、聞いてみました。今度は日本一になれたらいいねって。すると友達は意外な答え。
「もちろん日本一になれたらもっと嬉しいけど、ずっと弱かった阪神が星野監督になってリーグ優勝できたことは、あまりにも大きなこと。このリーグ優勝は星野監督ありがとうなんだよ。」

中日ファンも、もちろん星野監督が大好きだったけど、阪神でもここまで愛される監督になったんだねと、こみ上げるものがありました。

その後、楽天の監督就任後に、東日本大震災が起きた時のこと。
がれきの景色を選手たちと見渡した星野監督は言葉を失い、遠い目をしていました。
『今の俺たちにできること』を、あの瞬間必死で考えたのではないかと。言葉よりも行動で。
そして、就任三年目で見事にリーグ優勝。誰よりも嬉しかったのは監督ご自身だったのかもしれません。
巨人との日本シリーズは白熱したものでした。中日ファンも阪神ファンも、楽天ファンも、全国のファンが、一度も達成したことのない星野監督を日本一へと願い、田中のマー君が最後に抑え、悲願の優勝。

有言実行。強さを見せて優しさを隠す、人情味のある素晴らしい監督でした。
星野監督、愛する奥様の元へ。心よりご冥福をお祈りいたします。