憧れの沿線

高校時代の国語の教科書で、俵万智さんの短歌が出てきて、リズム感の中にある柔らかさにすっかり引き込まれました。その後購入した『サラダ記念日』(俵万智著、河出書房新社)の文庫は私のお気に入りに。その中でも、大好きな短歌があって、出てきた路線がずっと気になるようになりました。

夫と結婚をする時、住む場所を職場から通いやすい路線、二か所に絞り込み。私の中で一つの路線は考えられず、あの手この手を使って説得したのが、今住んでいる場所でした。そう、俵万智さんの短歌に出てきた路線。高校の時から憧れていた電車に乗る度に、とっても嬉しかった。

中学の時、一緒に陸上部にいたキャプテンが、違う高校に進学し、それでも街の図書館で時々遭遇していました。共に大学受験を頑張り、でも彼は浪人の道を歩むことに。大学からの帰宅途中、自宅の最寄り駅を降りると、その友達がジャージ姿で走っていて、私を見つけて言葉を交わし、同じ方向の自宅に向かって一緒に帰りました。「Sちゃん、大学生活ってどう?やっぱり楽しい?俺さ、浪人しちゃったから、親にこれ以上迷惑をかけられなくて、自宅浪人することに決めたんだ。だから、気分転換にこうして走ってる。」いかにも彼らしい選択でした。陸上部の時、いつも全体を見渡し、自分のペース配分を誰よりも見極め、監督を説得して、オリジナルの練習を試み、途中で故障することなく、長距離のアンカーをつとめました。どんな時も冷静でいる姿は、状況が変わっても同じ。でも、大学生活が楽しいと言ってしまえば、違う場所にいる彼を傷つけてしまいそうで、言葉を変えて伝えました。
「思っていたよりも大変で、毎日疲れているよ。」すると、意外な返答。「え~。楽しいって言ってよ。そこに向かって頑張っているから、いい場所であってほしいと思っているよ。」「ごめんね。本当はめちゃくちゃ楽しい!色々な地域から来ているから、沢山の刺激を受けているよ。」正直にそう伝えると、にっこり笑って、「そうでなくっちゃ。」
彼の目的地を、ごまかしてはいけない。だって絶対に辿り着くから。嘘をついてごめんね。そんなことを思いながら、大きく手を振って、笑ってお別れ。

その後、私の志望校の一つであった大学に入学したと連絡をもらいました。そこは、通学するにはあまりにも遠く、家族に何かあった時にすぐ帰宅できる場所ではないと判断し、キャンパスを見学することもなく、選択肢から外した大学でした。あの電車に乗って通学するのか~。諦めたのではなく、自分の中で納得して外した大学。それでも、その場所に浪人して頑張っていた友達が通ってくれるのかと思うと、なんとも嬉しい気持ちがこみ上げました。
彼は言っていなかったけど、実力を考えると、多分志望校ではなかったはず。それでも、久しぶりに会った表情は、清々しく、やり切った後の達成感がそこにはありました。まだ走るの?たまにはジャージを脱いで、せっかくのキャンパスライフを楽しんで。

夫は、一読者として仕事の合間の休憩時間や、帰りの電車の中で、このサイトに来てくれています。「えっ。そういった理由でこの沿線にしたの?!」と目を丸くしているのかも。高校生の私にとって関東はとても遠い場所であり、憧れの場所でした。一つの短歌を気に入った女子高生が、大人になり、絶対この路線に住もうと決めていたんだよ。沢山の現実も憧れも知った。あの頃の夢が叶ったかと思うと、それだけで胸がいっぱい。
それは、新宿へと向かう電車。