人を想う

梅雨が明け、気持ちよく晴れた日、自分の気持ちも晴れるかと思いきや、気温上昇で体がついていかず一気にやられてしまいました。とほほ。なんでもないことで急降下するこの日常を、どれだけ笑い話に変えられるか、スパイスを美味しいなと思えるかは自分次第?!なんて開き直って毎日を楽しむことにします。暑い中で食べるカレーって美味しいよね~。

あまりの快晴に、思い出した一つの情景。それは、マブダチK君の友達Yとドライブをしていた学生時代のある日曜日でした。目的地もなく、のんびり車の中で話していたら、急に彼の大学へ行きたくなって提案。超理系のYがどんなキャンパスライフを送っているのか知りたくなり、連れて行ってもらいました。広大な敷地に、近代的な建物が並び、歩いているだけで気持ちよくて。自分の得意分野を生かし、研究に励む彼の姿を想像して嬉しくなりました。お父さんが自殺した理由について、糸口が掴みたくて色んな人に聞いたことを教えてくれて。「遺書は見つからなかった。母さんも姉貴もじいちゃんもばあちゃんも、会社の人達も思い当たることは全くなかったらしい。借金も見つからなかった。逆にあってくれた方が良かった。理由があった方が、強引にでも納得ができるから。」そんな葛藤を常に抱えた友達が、真っ直ぐに生き、自分の希望する製作所への就職を決めてくれたことに、胸がいっぱいでした。以前K君が何気なく伝えてくれたことがあって。「Yは、ある意味お前よりも網の目が細かい。俺の前では何でもないふりをしているけど、Sにしか話せないことを話すかもしれない。その時は受け止めてやってほしい。」男同士でいる時は、お互いがおちゃらけているのに、K君が彼の痛みに気づいていたことに堪らない気持ちになりました。三角形だからこそ、分かり合えたこともあったのかな。

高校一年の時、同じクラスになった三人。元々二人は同じ中学出身でタイプが違うのに仲がいいので、それはそれで不思議だった訳で。いつもクラスの中心だったK君に対して、そばでそっと笑っているようなYの雰囲気もみんなが大好きでした。8クラスもある中で、私と名字が同じだったのはYだけ。テスト後、数学の先生が答案用紙を返した時、「○○がクラスで一番だった!」と話すので、一瞬私だと周りは勘違いしたのですが、実際は彼の方だった訳で。「もう~、Yと同じ名字だから友達に私がトップだと思われちゃったよ。確率とか証明とか超苦手。理科室行く時は、中学の時憂鬱で仕方がなかったもん。鉄が“Fe”であることぐらいは知ってる。」とYに話すとゲラゲラ笑ってくれました。そんな仲のいい1年3組はクラス替えでみんながバラバラに。その中でも、あまり話したことのない男子と2年連続同じクラスになり、挨拶ぐらいはするようになっていて。その彼が、ランチの時間になぜか他の男子と喧嘩になり、その拍子にお弁当箱がひっくり返ってしまい、そこにいたみんなは大慌て。優しい女子がすぐに、シェアできるものはないかとみんなに聞いてくれました。たまたまその日に、お弁当と菓子パンを持ってきていた私は、菓子パンを渡し、彼がまだ怒りの冷めない中でも、ほっとして食べてくれてこっそり安堵。

そんな高校時代を過ごし、クラス会もやっていた大学生の時、K君から訃報が飛び込んできました。「○○君が、溺死をした。」え?どういうこと?その事実と、菓子パンを食べていた彼の後姿が交錯し、言葉が出てきませんでした。「S、聞いているか?」電話の声がやけに遠くに聞こえて。「あ、うん。聞いてる。混乱して、声が出なかった。」「そうだよな、俺もだよ。葬儀に参列できる3組のメンバーを集めようと思う。詳細は知らせるから。」分かった、電話を切った後も呆然としてしまい、何も手に付きませんでした。葬儀は、都合が悪くなってしまい、K君に託すことに。後日、直接会った時に伝えてくれました。「とてもじゃないけど、ご両親の姿は見ていられなかった。元気に遊びに行ってくるっていった息子が、帰ってこなかったんだよ。考えられるか。ありえねえだろ。そんな悲しみに暮れているおばさんが、よく来てくれたねって俺達に言ってくれて、堪らなかったよ。親より先に逝くって、こんな辛いことはないぞ。」S、行かなかったんじゃなくて、行けなかったんじゃないか?泣きそうな私の表情を見て、何かを感じ取ってくれたK君。茶髪でいつも先生に反抗していたのに、友達思い。ご両親の痛みを自分のことのように感じ、その気持ちをさらけ出してくれました。人の命って儚いな。沢山沢山語り合ったあの日は、お互いの言葉数が少なくて。それでも、確実に相手の心に真っ直ぐ届き、そして最後にぽつり。「お前は死ぬなよ。」ずしーんと響いた彼の言葉、もう友達を亡くすのは嫌だ、そんな気持ちが奥深くに届き、胸が潰れそうでした。
人の死と向き合ってきたK君、そしてY。彼らの優しさが深いのは、生きている人達を、周りの人達を大切にしたいといつも願っているからなのかなと、そんな答えに行き当たってみる。何年経っても変わらない友情が、その証明。