ちょっとしたことで、妊娠中に沢山の不安の中で、それでも元気に生まれてきてくれることを願っていた日々が思い出されました。そんな気持ちを抱えながら、息子と一緒にお風呂に入っていたら、その気持ちが伝播したのか、なぜか急に胎内記憶の話をし始めて、本気で驚きました。
「ボクね、ママのお腹の中が温かくて、気持ち良かったからよく寝ていたの。ママの声がよく聞こえたよ。沢山絵本を読んでくれたよね。『ぐりとぐら』が一番多かったよ。ボクも、一番最後に卵の殻で車に乗って帰るところが好きだった。」なんだか泣きたくなるのを通り越して、感動しました。『ぐりとぐら』は、動物達みんなでかすてらを食べた後、一番最後のページは、文字が何もなく、大きな殻でスーパーカーに乗って帰るシーンが私のお気に入りで、絵が見られないお腹の息子に、沢山解説を付けて伝えていたから。
その絵本は、私にとって特別な一冊でした。司書講習中に、教授が受講生に一人一冊ずつ渡す為、助手の方と共に、台車を使って一生懸命運んでくれたものだったから。自宅で絵本の練習をし、翌日隣になったクールな女性に読み聞かせ、いつか自分に子供ができたら、この本を読んで聞かせよう、そう願ったかけがえのない一冊でした。出産し、息子の目の前で読んだ時、とても不思議そうな顔をしていたことを思い出しました。「ボク、この話知ってる。」きっとそう伝えたかったんだね。
他にも驚くほど鮮やかに伝えてくれました。「ママが時々お腹をさすってくれるのが嬉しかった。店員さんとも、病院の人とも話しているのが聞こえたよ。一度、でんぐり返しもしたんだ。」これは、逆子だったので健診の時に、助産師さんがひっくり返るように声をかけてあげてと言われた時のことでした。その夜、寝ながら「頭はこっちだよ。反対になるんだよ。」と何度も声をかけ、自分の下腹部をさすっていたら、夜中にぐるんとひっくり返ったのが分かりました。その時のことを鮮明に覚えてくれていたことに、胸がいっぱいです。
「お腹の中で、よくお相撲ゲームをしていたの。壁対ボクで。手で何度も押して遊んでいたんだよ。」知ってるよ。痛くて寝れない日が何度あったことか。それにしてもなんでお相撲だったの?と聞いてみると、意外な返事が。「なんだかよく分からないけど、ボク、お相撲を知っていたんだよ。」その話を聞いた時に、とても不思議な気持ちになり、寝る前になって、見事に繋がっていきました。20代の頃、脚本家の内館牧子さんのエッセイにはまり、何冊も読んでいました。内館さんのドラマが好きで、この方は普段どんな日常を送り、何が趣味で、どのような考えをお持ちなのか、純粋に知りたかったから。NHKの連続テレビ小説『ひらり』(1992年10月~1993年4月)がとても好きで、主題歌は、Dreams come trueの『晴れたらいいね』でした。内館さんは大の相撲好きで、このドラマも、エッセイにも沢山その話が盛り込まれていました。一人の作家さんを好きになると、自分が元々知らなかった世界にまで連れて行ってくれる、そんなエッセイの面白さを教えてくれたのは、内館さんであり、相撲の良さを意外な視点から知ることができたのは、喜びの一つでした。
でも、そんな話を、今まで誰にもしたことはありません。私の中で潜在的に大切にしていたその気持ちを、息子がキャッチしたのだと思います。エッセイを書いてみたい。相撲と同じように、私が何かを書くことによって、誰かが野球に興味を抱いてくれたなら。そんな願いもありました。息子にその気持ちを引き出されるとは。神秘としか言えそうにもないです。
出産は、陣痛を二日間乗り越えた末の難産でした。「ママ、病院にお泊りしていたでしょ。ボクもお腹の中でお泊りしていたんだよ。温かくてお風呂みたいだったから出たくなかったのに、急にぐっと頭を押されたの。外の世界、寒かった~。電気がまぶしいし。でも、ママに会えて嬉しかった。」泣けるじゃないか。
体力的にも限界を通り越して気力しか残っていなかった私の為に、担当医がスペシャルチームを組んでくれていました。お腹を押すのは産婦人科部長、サポートには副部長、隣についてくれる助産師は婦長さん。お腹を押してくれたのは部長さんなんだよ。そして安心感抜群の担当医。力を出し切った後に産声を聞き、涙が溢れて、助産師さんに寝かされた息子が、こちらに顔を向けてくれて目が合いました。初めまして。でもずっと声を聞いてくれていたから、初めましてじゃないね。
産後に落ち着いてから、先生に、分娩室で沢山の助産師さん達がいたと思ったんですけど、気のせいですか?と聞いてみました。「夕方5時になったら一気に出そうと決めたんだよ。ちょうどシフトの入れ替え時間だったから、手が空いているスタッフ、みんな連れてきた!」大きな人生の節目には、必ず人情の厚い人がそばにいてくれる。
息子が、音の話をしてくれました。「ママのお腹にいた時、ドクンドクンという音がしたんだよ。それは心臓の音だったんだね。心臓って、一番大切な場所だよね。ママの心臓、とっても綺麗だったんだ。それがボクは嬉しかった。本当に綺麗だったんだよ。」
こんなことを言われたら、参ったとしか言えない。
生まれてきてくれて、ありがとう。お母さんを選んでくれて、ありがとう。