夏休みも終盤、息子の進学を模索している中、ある高校の説明会があることが分かり、一人で行くことにしました。自転車に乗り、公共施設に辿り着いて時間までベンチに座り待っていると、中3の生徒達が制服姿で保護者の方とぞろぞろ入っていくのが見えて。1年違うだけで、こんなにも身長や雰囲気も変わるんだなと驚きました。受験モード、落ち着き方がやはり違う。そして、時間になったのでパンフレットを受け取り、後ろの席に座りました。ポップな音楽が館内に流れ、そのチョイスがもう校風を感じさせてくれていて。その後、説明会が始まると、最初に吹奏楽部やダンス部の方達の披露もあり、嬉しくてどんどん気持ちが上がっていきました。青春真っ只中のキラキラがダイレクトに伝わり、なんだかぐっときて。嬉しい気持ちをありがとう。不思議な時間に吸い込まれ、自分の高校時代が色鮮やかに再生された日。本質を思い出せたかもしれない。
高校3年の時、野球部の快進撃で、制服を着て友達と球場まで応援に行った日。吹奏楽部はコンクールで不在だったので、ユニフォームを着た後輩達が「僕達についてきてください!」と応援の仕方を教えてくれました。集まった女子達で声を張り上げ声援を送り、サヨナラ勝ちをするとみんなと叫び、友達とハグ。アルプススタンドの直射日光は暑く、涙と汗といろんなものが入り交じり、感動のまま球場を後にしました。今日の日焼けは誇らしいだの、ようやく自分達の制服に胸が張れるだの、うちの野球部勝ったよ~って大声で言いたいぐらい!とみんなで盛り上がりながら帰ることに。すると一人の友達が、せっかくだから、まっすぐ帰らずにかき氷を食べて行こうよと声をかけてくれて。赤福で有名な赤福茶屋で赤福氷に決まり、電車を降りた後に向かいました。日に焼け、散々汗をかいた後のかき氷は本当においしくて。改めて検索をかけてみると、今は栄と名古屋駅にある2店舗を見つけたのだけど、どちらに入ったのか思い出せない!と笑えてきて。それでも、キャーキャー盛り上がりながら試合の歓喜を分かち合った時間と、かき氷のおいしさはしっかり思い出せました。これがまさに青春だったんだな。
その後、大阪で働いているネネちゃんに地元の大学受験をすることに決めたと話すと、いろんな気持ちを抱えながらも伝えてくれました。こちらの候補をいくつか聞いてもらうと、ひと言。「Sちんは絶対に共学向き。女子大はちょっと違う気がするんだよ。」「なんで?」「高校の男友達といる時、楽そうに見えるから。ケッタ(東海地方の方言で自転車のこと)でバッセン行こうぜ!って家の前で誘われて、楽しそうにバッティングセンターへ行く姿を見てきた。異性の友達いいなって思ったよ。あとね、総合大学へ行きなよ。」その言葉の意味が、息子の説明会中に深く分かることになるとは。Sちんさ、地元に残るということは家族の為の選択をしようとしてるね。それはそれとして受け止めた。でもね、Sちんの学びたいことって結構特殊だし、総合大学ならそれこそ日本全国から集まってくると思うんだ。それに、異性の友達だから話せることもあるかもしれない。いいS、自分の世界を決して狭めないでいてあげて。いろんな人に出会いな。留まっても、広がる世界はきっと沢山あるよ。こういったことを伝えてくれようとしたんだな。その意図をぼんやりとでも受け取った後、共学の総合大学、社会系に絞り、指定校の推薦をもらいました。すると、1年の時も担任だったサッカー部顧問で、体育教員の担任が珍しく声をかけてくれて。「試験は小論文と面接だけど、練習はしておけ。ちょっと書いて出してみろ。」「え?先生に見せるの?」「そうだ。」「お題は?」「そんなもん、自分で考えろ。」さっぱりとしているのだけど、いい先生なのはみんな知っていて、だからこそ親しみを込めて誰も敬語を使わなくて。学年主任の国語の先生に添削してもらう訳じゃないんだ~と思いながら、提出を約束してその場を離れました。それから適当にタイトルを決め、原稿用紙に1000字ほど埋めて出すことに。後日、体育教官室に呼び出されると、まさかのダメ出しが待っていました。赤で所々直された後に言われて。「で、この文章、結局何が言いたいんだ?」「・・・へっ?!」適当に読んでまあいいじゃないかと軽く返されるかと思いきや、先生が本気で読んでくれていたことが分かった時間。そのギャップについていけず、思わず間抜けな返事をするものだから、そのやり取りを聞いていた他の先生達も噴き出していて、随分と和やかな雰囲気になってしまいました。「いやあ、なんとなく書いて、自分でもよく分からなくて。」とごまかすと、「とにかく油断はするなよ。」と本当に心配をしてくれていたことが分かり、胸が熱くなりました。試験当日、小論文のタイトルを見た瞬間、もらった!と思って。21世紀について未来に関する内容でした。その年は1997年、そこから自分が何を考え、何を見ようとしているのか、気持ちを込めながら書きました。時間が余ったので、もう一度読み返し、これで大丈夫と思うと担任の先生の顔が浮かんできて。やらかさなかったよ、添削ありがとう、この文章を先生にも読んでもらいたかった。その後、合格が分かるとお礼を言い、担任の先生が伝えてきました。「あと、校長先生と教務の先生、学年主任に合格したお礼を伝えてこい。」先生って実は律儀な方なんだなと嬉しい驚きと共に、校舎内を回ることに。校長室をノックし、教務の先生を職員室で探し、最後に学年主任の先生に会い、合格報告と3年間の感謝を伝えると喜んでくれました。嬉しさと寂しさが混ざり合わさっていく。そして、卒業式を終え、体育教官室まで最後の挨拶を担任の先生に伝えにいくと、いつもわーわーうるさかったこちらのことを知っている他の先生達も卒業おめでとうと言ってくれて。本当に今日で高校生活最後なんだなと、こみ上げるものがありました。なんだかんだといい時間だったね。
それから進学、義兄が卒業生だったので、卒業証明書を取りに行きたいからと連絡をくれて、せっかくなので返ってきた成績表を見てもらうことに。すると伝えてくれました。「これだったら特待生狙えるよ。」その言葉をきっかけに、家庭崩壊真っ只中だったということもあり、学費を減らせるならと目指したものの、2点足りず頭の悪さがここでも出たかとあれこれ考え撃沈。なぜあの時もう一度トライしなかったのか、その理由を思い出しました。義兄は、特待生が狙えると言った後に付け加えてくれていて。「でもね、ばかになることも大事で、遊ぶ時間も時に必要だよ。社会人になってさ、やっぱり学生の頃楽しかったんだなって改めて思った。この4年間だから味わえること、大切にしてね。先輩からのアドバイス。」そう言って笑ってくれました。2点足りなかった後、私は後者を選んだんだなと。お金よりも時間を取った、振り返った時に沢山笑っている自分を思い出せるように。
ふと顔を上げると、高校の説明会は続いていました。いろんな人の助言があって、一旦全部をテーブルに乗せ、選び、支えられ、学生時代を過ごしてきたのだと沢山の方達の顔が浮かびました。適当過ぎる小論文もどきの用紙を添削してくれた先生、本当にありがとうだなと今さら沁みて。子育て、人を育てるってやっぱりお互いを育てているのかもしれないな。さあ、令和の中学生である息子に何を伝えようか。今を生きよう、簡単じゃないよ、だから面白い。ネクタイを自分で締める日がやってきた時、彼は何を思うのだろう。