大きな一年

今年は色んなことがありました。本当に笑ってしまうぐらい。そんな私のそばにいてくれたみなさん、ありがとう。画面を通し、沢山の気持ちを感じました。色々な不思議が重なり、こうして共に時間を過ごせていることを幸せに思います。いつか、直接お会いできたらいいですね。講演会ができるそんな日を夢見て、歩みを止めずに進もうと思います。

この間は、息子の小学校でおもちつきのイベントがあり、広報委員としてお手伝いに行ってきました。離婚前の最中、気を張っていたせいか、少し風邪を引いてしまったらしく、それでも当日はすっかり元気になり息子を送り出した後、運動場へ。エプロンと三角巾を付け、委員長を見かけたのでそばに寄ると、2年生の担任だったT先生が半そででもちをついていたのでご挨拶。すると、いつもあたたかい6年生の広報委員のお母さんが伝えてくれました。「私ね、もちの返し手の仕事だったのに、自治会のベテランの男性がやってくださり、結局、“よっ”とか、“頑張って”とか掛け声しかしていないの。」「それは大活躍ですね!」と私が言うと、そこにいたみんなが笑ってくれて。コロナ禍なんてなんのその。雲一つない穏やかな空の下で、暖かい陽射しを浴びながら、先生も児童も保護者も自治会の方もみんなで楽しむ優しいひととき。今日は、一年頑張った一人一人のご褒美の日。そんなことを思いながら、もちを丸めてパック詰め担当だった私はテントの下で戦闘態勢へ。すると、自治会のおばさん達の手際がよく、年季の入り方の違いに笑いを堪えながら、みんなでわいわい。あっという間に作業が終わり、片づけをして息子の帰りを待ちました。その時、すれ違ったのはT先生。広報誌の話を少しして、お互いが労いの言葉を伝え合った後、笑顔を見て胸がいっぱいになりました。先生の中で、何か一つ越えたんだなと。T先生、私も自分の足で越えようと思います、今度会う時はもっとお腹いっぱい笑うから、そう心の中で誓いお別れ。その後、広報委員会はオンライン上で行われ、運動会の先生達のコメント編集を、私が引き受けることになりました。それは元々委員長の仕事、この人を助けると決めたから、それは自分がどんな状況であろうと貫きたくて。人って、やっぱり支え合うものだと、誰かが軽くなると、自分も少し軽くなれた気がして、そんな風に循環できた時にいい風が心に入ってくるのかなと。だから、どんな時も信念を大切にしようと思います。

ここに来てくれた優しい読者のみなさん、怒涛の一年を見守ってくれたことに、改めてお礼を言わせてください。このサイトを立ち上げ、私の世界は広がりました。日本に留まらず、世界中のアクセスを見る度、一緒に旅に出ているような、その土地の空気を感じさせてもらっているような不思議な気持ちに包まれます。ご自身だけでなく、その周りの方達に届けてくれたこともなんとなく感じていました。本当に届いてほしい人の元へ届ける、この気持ちを共感してくださったみなさんにどれだけの力をもらっただろうと思います。その想いは、私の中に蓄積され、また溢れ出した気持ちを言葉にして返していきたい、こうやってまた一つ新しい年をせーので越せたらと祈っています。時差のあるA happy new year!もいいですね。
そして、このサイトを全力で守り通してくれているプログラマーのMさん、彼がいなければこのサイトは成り立ちません。卵巣腫瘍摘出、夫に仕事を辞めてほしいと言われた時も、ありとあらゆる角度から守り抜いてくれました。そんな彼から、秋にある提案をされていました。「Sちゃんは、まず自分の体を休ませる為に稼働率を下げること。週二日公開にして、余裕ができたら僕の新しいサイトを手伝ってもらう。そうすることで、収益も必ず上がるように完全バックアップで行くから。『さくらdeカフェ』を真ん中に置いて、周りで稼ぐ、あなたがここに確実にいるということが大切なんだ。だから、ちょっとスピードを緩めてほしい。」新しいビジネスモデルを見せてもらいながら、心も体も相当ダメージを受けている私を心配し、届けてくれた気持ちに泣きそうになりました。僕が言わなければあなたは休まないでしょ、そう言われているようでした。そんな彼の想いを大切に考え、年末までは飛ばすことに。そして、年明けからは月曜木曜日の週二日公開に決めました。このサイトを長く続けるために必要な選択、明るい未来の為に。回数は減っても、みなさんの心の中に『さくらdeカフェ』があってくれたらと願い、来年も同じ笑顔でお待ちしています。

それでは、今年もいきますよ。ビールとカクテルとワインとコーラを持って、悲しいことを海に捨てて、泣いたティッシュをゴミ箱に押し込んで、自分を応援してくれる沢山の人達に感謝して、乾杯!!!みなさんの一年、本当にお疲れさまでした。来年がもっともっと笑顔溢れる年になりますように。とびっきり良いお年をお迎えください。