ある週末、ゆっくり起きてくると、プライムビデオで村上選手が所属するホワイトソックスの試合をリアルタイムで見られることが分かり、喜んで点けました。すでに点数は入っていて、もしかしたらホームラン?と思い検索をかけてみると、村上選手の16号が飛び出していたことが判明。「すごいね~。」と息子とわいわい盛り上がっていると、村上選手の前にランナーが出て、バッターボックスへ。「今日、もう一発あるかもしれないよ。」そんな話をしていると、本当に打った~!と大騒ぎ。一緒にハイタッチをし、息子は初めてリアルタイムで目にすることができ、感激していて。「17号を一緒に見ることができたね!」また沢山の夢を運んでくれるのだと思うと、朝から感無量でした。そして週明け、朝練でバタバタ身支度をしていると、その日もホワイトソックス戦がやっていて、延長戦に入ったことが分かりました。10回表にカブスが1点を勝ち越し、裏の攻撃が待っていて。慌ただしく準備をしている中、ランナー1人を置いてケーロ選手のサヨナラホームランが飛び出し、顔を洗っていた息子に報告。半分寝ぼけながら、おお!と喜んでいて、嬉しい朝の始まりでした。ヤクルトスワローズのユニフォームを着ている村上選手を、今日で見納めだと思って向かった去年の神宮球場、その試合でサヨナラホームランを打ってくれた感動は胸に、そしてその日のチケットは大切に保管してあります。また沢山の虹が見られるんだね。
最近すっかりお世話になっている、理学療法士の先生から受けるリハビリ。ぐいぐい押す感じはなく、本当にソフトタッチなのに、肩甲骨周りがガチガチなこちらの体があっさり和らぐので、毎回驚かされます。いつも緊張状態にある、どこか張り詰めていてそれが体にも表れる、でも少しほぐすだけであっさり緩和されるということは、きっかけ次第なのだろうと。先生の指の温度から、そんな気持ちが伝わり、癒しのパワーにゆっくり呼吸ができたようでした。どこかを緩めようとすると、どこかが緊張する、全部を緩めるってなかなか難しいかもしれないですけど、のんびりいきましょう。そんなメッセージを受け取り、笑顔でお別れしました。そして、自転車を漕ぎながらふと思って。テスト勉強を息子としながら、時々こちらがいら立ってしまうのは、どうしてもどこかで自分の視点から外せないでいるからなのかなと。私が子供の頃はもっと自分に厳しかったのに。この気持ちが心のどこかにある限り、息子はキャッチしてしまう。ボクはボクだよ、彼の奥にあるメッセージにはいつも気づいていて。本当にそうだな、体調が優れないと心まで狭くなってしまう、それでは悪循環になるだけだよねと広い空の下で反省しました。もう少し相手を信じること、ズレそうな時はさりげなく言葉をかける、決して否定はしない。寄り道もたまにはいいけど、今は本線を走る時。学校という世界の中で、そのスピードについていくのは大変。なんでもないふりをして頑張って、へとへとになって帰ってくるから、こちらの顔を見た途端スイッチが切れるのも納得。幼稚園バッグを放り投げ、ランドセルを放り投げ、中学生になったら大きなリュックを放り投げて。どうやったら受け皿になれるだろう、どうしたら息子の気持ちを落ち着かせられるだろう、どんな言葉をかけたら彼の自信に繋がってくれるだろう。沢山試行錯誤し、13年が経ちました。もう13年?まだ13年?関連書籍を読み、関係する資格も取り、いろんな方向から考えて、こんな時親に相談したりするのかな。でもうちの場合、頼られることはあっても頼れない人達なんだよなと思うとまた凹み。ぐるぐる思考は止まらず、そして最後は開き直ることにして。まあいいか。なるようになってきたし、きっとこれからもそうなる。一方向だけで悩んでいるとどん詰まりになる時もあるけど、やっぱりどう捉えるかって重要だよねと。アメリカ育ちの元彼は、私立の高校へ行き、そこが合わなくて初めての挫折を味わいました。本当だったらエリートコースを進むはずだった、親の期待を背負い、似たようなルートを辿るはずだった。でも彼の心は折れました。そんな時、精神科医だったお父さんは、ガラッと環境を変える為に親戚のいるアメリカの高校へと進学を考え、その決断が彼を救ってくれて。感謝してる、彼が話してくれたその言葉には本当に沢山のものが詰まっていました。その想いが、その経験が私のアンテナに引っ掛かった、出会いって不思議だ、でもとても必然。今ならはっきり分かる、お父さんの判断は大正解だった。サイコロを振ったかもしれない、でもそれなりに自信はあったはず。伸び伸びいられるのはアメリカの方だと。
何気ない時間に息子に伝えました。「お母さんね、野球のオーストラリア代表をもっと応援することにする!」と。なんで急に?!みたいな顔をされたのだけど、笑いながら聞いてくれて。「で、どうするの?」「東京の府中市で国際試合の前にキャンプをしているから、いつかそこまで応援に行けたらと思ったの。ボードを作りたいのだけど、絵も字も下手くそだからどうしようかなって。でも、ゴールドコーストで買ったコアラのぬいぐるみは持ってる!」そう言うと、突拍子もない所がある意味ママらしいと呆れながらも乗ってくれました。この場で書かせてもらうこと、それがもう応援の始まりなのかなと。何もかも投げ出したくなったら、もう一度オーストラリアに行こうと20代の頃から決めていて、白い砂浜を歩いている自分を想像する度、まだやれるんじゃないかと思った。やっぱり次に向かう時は、息子と元気に行きたい。頑張ったから見える景色があるよ、そう伝える為に。深呼吸をして野球に熱狂する日々、大好きを集めたら自分が自分でいられた。上昇気流に乗って優しい風を感じることにしよう。