ワイヤレスイヤホンをして、スマホから音楽を聴こうとすると、なぜか幼稚園時代のママ友に電話をかけてしまっていたらしく、かなり慌てました。何がどうなったのかよく分からないので、とりあえずイヤホンを外し、彼女にはショートメールで謝ることにして。便利になりすぎると、本当にいろんなことがあるな。そういえば少し前、買い物へ行くとまた扇子の忘れ物を見つけたので、インフォメーションカウンターへ行きました。近くにいたスタッフさんに声をかけると、こちらに近づきひと言。「お久しぶりです・・・か?」最後が疑問形だったので、ちょっと笑ってしまい、マスクをされていたので目元しか分からなかったのだけど、プレ幼稚園で一緒だったお母さんだと分かり、お久しぶりですと笑顔で応えることに。お互いの間に流れた何年もの月日と、子供達の小さな頃が蘇り、なんだかほっこりしました。忘れ物を届け、お礼を言われ、「お仕事頑張ってください。」と伝えると彼女も笑顔で返してくれて。ほんの数秒のこと、でもその時間にいろんなものが詰まっているんだ。お母さん業楽しもうね、そんなメッセージも届いていたらいい。
連日雨が続き、大気が不安定で息子も休校になり、ようやく時間ができた日、曇り空だったので早めに食材を買いに出かけました。帰り道にポツポツと降り出し、ギリギリのところで濡れずに済んでほっ。そして玄関に入ると、住職さんから頂いたお守りが落ちたので、何やら胸騒ぎがして。気のせいだといいなと思いながら、夕飯準備を始め、息子を迎え入れ、大雨予報ということもありボランティア学習はお休みをさせてもらうことにしました。そして、二人で勉強をしていると集中豪雨のような音が。休んで正解だったなと思い、テレビを点けると名古屋の栄が映し出され、大雨で冠水し大変な状態であることが分かり慌てました。小料理屋のママのお店が危ない、栄から地下鉄で1区間の伏見にあり、地下1階なんだよと。とりあえずLINEで心配のメッセージを送ることに。すると3時間後に返事をくれました。『ありがとう。私は大丈夫。でもお店は雨漏りで大変です。電車が止まってるから帰れません。Sちゃんママも頑張ってね。』とガッツポーズの絵文字付き。この文面に彼女のらしさが溢れていて、泣きそうになりました。自分が大変な時でも相手への気遣いを忘れない、すごい人だなと。雨漏りってどこまでの被害が出ているのだろう。どうやって帰った?そもそも自宅に辿り着けなかった?お店の再開は?心配は尽きないのだけど、混乱している時にあれこれ言うのも負担をかけてしまう気がして、最低限の返信に留めました。どうかまた元気にお店が開けられますように。
東海豪雨に襲われた2000年は大学生でした。愛知の実家の車庫も浸かり、それでも予め車を避難させたりしていたので、なんとかなって。岐阜にいた小学生の時、伊勢湾台風の映像を見て、水害の怖さを知りました。それが、実体験となり、自分の目の前でも起こるのだと色々考えさせられた日。少し段差があり、下がっていた分だけ見事に浸水してしまったのだけど、祖父が一人で建ててくれた車庫は無事でした。後日、二人で見に行くと伝えてくれて。「真ん中にな、大きくて太い柱を入れておいたんだよ。おじいちゃん、トンカチで何度も釘を打ち込んだんだ。こいつのおかげで倒れなかったかもしれないな。」そう言って真ん中で支えていた柱を叩いて、笑ってくれました。その柱、おじいちゃんのようだね。私にはそう見えて。それから少し後、父は車と共に家を出ていきました。それでも、祖父と共有していた車と母の軽自動車は元気に走ってくれていて。そんな頃、アルバイト先の日本料理店で、ママに出会うことに。共に働く仲間として、そして時に母親のような存在として守ろうとしてくれました。そんな彼女が、夢に見ていた小料理屋を出すことに。苦戦し、試行錯誤し、お金ばかりが出ていく状況でも、決して下を向きませんでした。その姿勢に、その明るさに、その優しさに触れたお客さんは少しずつ常連さんに。ここに来ると家に帰ってきたみたいだよ。単身赴任をしているとこういう味が食べたくなる。ママの顔を見ると一日終わったなってようやくほっとできるんだ。そんなお客様に囲まれ、時々お手伝いに行った私も嬉しくなりました。彼女の苦労を近くで見てきたからこそ。学生時代に出会っていなければ、きっと私はもう少し歪んでいて、もっと卑屈になり、投げやりになっていたかもしれない。でも、ママのそばにいて、美しさとは何か学ばせてもらったのかもしれません。外を取り繕うのではなく、中を磨こう。苦しかった過去も認めた上で、さあどうしようかしらねって笑っていたら、なんとかなるものね。だからSちゃんもきっと大丈夫よ。彼女が選んだ淡い色のラフな着物を着て、一緒にカウンターに立った時間。ママにとって大切な場所であるお店は、私にとっても大切な場所で、そこが雨漏りをしていると聞き、助けに行きたいと思いました。でも、彼女はコロナ禍の時のようにきっと切り抜ける、それも分かるので今はそっと応援しようと。ママのお客さん達もまた、助けに来てくれる。あなたに助けられてきたからね、そう笑い合いながら。
いろんな気持ちが巡っていると、ピンという音と共にショートメールが入りました。先程、不具合で電話をかけてしまいごめんねとメッセージを送ったママ友からの返信で。全然気にしないでということ、息子のクラス写真を見て大きくなったねと思ってくれていたこと、また話せる日を楽しみにしているよと嬉しそうに連絡をくれて、ほんわかしました。何百件もアドレス帳に名前があるんだよ、その中でたまたま電話をかけてしまったのが彼女で、不思議なものだなと。卒園した後、小学校は別だったけど、中学に入ったらまた合流する、でもきっかけが掴めないまま一年半経ったらこんな珍事が起きるのだから。そろそろ連絡しなさいよという、神様からのいたずらなんじゃないかとさえ思いました。ひとつの奇跡に微笑み、また歩き出そうか。卒業式にもう一度彼女と一緒に泣きたい、その時まで下を向くものか。