心に残ること

息子がお風呂に入っている間、たまたまやっていた福岡ソフトバンクホークスの試合を観ていました。すると、ソファの隣に座ってきてひと言。「ボク、この選手知ってる。」そこに映し出されたのは松田宣浩選手で、驚きました。「どうして知っているの?ソフトバンクの試合を点けたの、多分今日が初めてだよ。」「なぜか知ってるんだよ。見たことがあるの。」そう言われ、思考を巡らせてみました。分かった!東京オリンピックだ!当たっていた横浜スタジアムのメキシコ戦が、無観客で行けなくなったので、テレビ観戦は絶対に見逃すものかと毎試合必ず点けていました。松田選手は、日本代表のレギュラーではなく、それでも試合前に円陣を組むと、誰よりも大きな声でチームのみんなを励まし、その時みんなの気持ちが一つになるのを感じていて。そこに映し出された松田選手のことを息子は覚えていたのだと、試合で活躍する選手だけでなく、裏側で支え続けたチームの精神的支柱だった選手のことが心に残ってくれていたことに胸がいっぱいでした。「松田選手、オリンピックの日本代表だったから、Rは覚えていたんだと思う。レギュラーではなかったけど、みんなに声をかけて大きな存在だったんだ。」「そうなんだ~。なんか思い出したかも。ホークスも鳥のマスコットだね。」と息子ならではの視点に嬉しくなって。何年後、何十年後に、彼はどれだけのことを思い出すだろう。心が震えるような感動を大切にしまっておいてね。

名古屋の小料理屋で働くママが、何気なくメッセージをくれました。『こんにちは。Sちゃんお元気ですか?鬱陶しい日が続くけど体調は如何かしら!お仕事は自宅でやってるのよね!生活は成り立つの?余計な心配よね!』この文面は、ママにしか送れないなと思うと、色々な思いがこみ上げ泣けてきました。こちらに配慮をしながら、優しく踏み込んできてくれるのは昔のまま。友達なんだけど、娘のように思っているのよ、だから誰にも言えないことがあったら伝えてきてね。いつもそんな気持ちを届けてくれていました。日本料理店でバイトをしていた学生時代、父が家を出て、いろんな意味であまり余裕のなかった私を、ママがご飯に誘ってくれた日。「老舗の美味しいお蕎麦屋さんがあるから予約したの~。私とデートしましょ!」そんなウキウキした優しい雰囲気で一緒にお店へ行くことになりました。店内に入ると、品のある食器が並べられ、高そうなのはすぐに分かって。予約席に座り、スタッフの方がお茶を運んでくださると、ママが伝えてくれました。「予約の時に言った注文でお願いします。だから、メニュー表はいいわ。」そう言って、開こうともせず、私に気を使わせないようにしてくれたことがすぐに分かりました。「Sちゃん、いつも夜遅くまで日本料理店で頑張っているから、今日はそのご褒美。まだまだ遊びたい時期なのに、偉いなっていつも思っているのよ。でもね、今しかできないことを大切にしてね。」そんな言葉をかけてくれたママも、決して経済的に余裕があるわけではないことを知っていたので、運ばれてきたサクッと揚がった天ぷらを食べた時、美味しかったのだけど、心の底から流れ出た自分の涙の味がして、その場で溢れそうでした。この人は、余裕がなくても人のことを想い、ぬくもりを彼女のやり方で届けてくれる人なんだなと。お金の苦労をしてきたそんなママのことを知っているからこそ、送られてきたメッセージがどれだけ愛に満ちたものなのか分かるだけに、天ぷらの味と共にあたたかい記憶を連れてきてくれました。同じ服をよく着ていたあなたの学生時代を知っているのよ、Sちゃんが今、どんな思いで子供を守ろうとしているのか、分かってるつもり。だから、弱さを見せられる人には見せなさい。そんな気持ちが本当に嬉しかった。老舗のお蕎麦屋さんに行ったら、大泣きしてしまいそうだ。

ママが、自分のお店を出すと教えてくれた時、彼女の強さを感じました。そこはゴールなのではなく、スタート地点で、茨の道であることを本人はよく分かっていて、踏み出すんだろうなと。案の定、なかなか経営は安定せず、それでもママは笑顔を絶やさず、自分を信じで前に進んでいました。私にできることは一人でも多くのお客さんを連れていくこと、そう思い、父に電話。「お父さん、日本料理店でお世話になった先輩が小料理屋を出したの。めちゃくちゃお世話になったし、今もなっているの。マンションまで車で迎えに行くから、今日一緒にご飯しよ。」そう伝えると、あっさり承諾し、二人で伏見まで向かうことに。店内に入ると、驚くほど賑わっていて、ほぼ満席状態。奇跡的にテーブル席が一つだけ空いていたので、そこに座ると、ママが嬉しそうに来てくれました。「あら~。お父様?ようこそお越しくださいました。」スーツのジャケットを脱ぎながら会釈をする父。私がキープをしていた焼酎を飲んでもらい、賑わった店内で、ママの汗が光り、彼女の努力がようやく報われたのだと思うと、堪らない気持ちになりました。ママ、ほんの少しは恩返しできたかな、そんなことを思いながら笑ってお別れ。父は何気にラッキーボーイだったのかも。父の中でママのお店はいつも混んでいるというインプットがされた夜。運転席から見えた名古屋の夜景はいつもより華やいで見えた。

それから20年近く。ママのお店は、沢山のお客様に愛され今も営業中。いろんなことを越えたママの背中は大きく、店内はそこを訪れた人達の深い気持ちを感じました。息子には、私と同じ思いをしてほしくない。学びたいことが見つかったら、お金の心配をすることなく、お腹いっぱい仲間達と学生時代を楽しんでほしい。私がどうしても休学したくなかったのは、そこで出会ったみんなと一緒に卒業したかったから。卒業証書を手にした時、周りを見渡すと見慣れた友達の笑顔があり、本当に嬉しかった。ママ、あなたの背中を見てきたから大丈夫。息子が卒業証書を手にして、いい学生時代だったと思ってくれるまで、とりあえず頑張ってみるよ。あの時ご馳走してくれた天ぷらの味、忘れない。自分に余裕がなくても、届けてくれたママの気持ちが私の財産。