新しい道へ

息子が、中学校で授業を体験するという日がやってきました。クラスのみんなと歩いて現地へ。その日はランドセルではなく、自分のリュック、なんだかこちらもいろんな気持ちになりました。そして、いつもの場所でお別れし、今回は中学校からそのまま帰宅予定だったので自宅で待機をすることに。すると疲れて帰ってきた息子は、やはり反動があり機嫌が悪くなってしまって、それもまた想定内。「無事に帰ってきて良かった。きっとね、緊張もあったと思うんだ。でも、みんなと一緒に行けて良かったね。体験授業はどの教科を選んだの?」「理科。ちょっとした実験があったんだよ。」理科の授業はあまり好きではないのに、なぜか実験はやりたがるという不思議。やっぱり男の子だなと少し笑ってしまいました。トミカを並べ、ひたすら渋滞を作って横から覗き込み、楽しんでいた幼い息子が懐かしくもあって。第二次反抗期も、後になってきっと笑い話になる、そんな時期もあったねといつか二人で笑い飛ばすんだ。

そういった日常の中、ドンとした強い下腹部痛に襲われ慌てました。落ち着けと自分に言い聞かせ、椅子に座って深呼吸。一旦様子を見ようか、それも違う、ネットで検索してみようか、これも違うとあれこれ考え、婦人科の執刀医の顔が浮かびました。なんでもないふりをしてやり過ごしていたあの時の後悔を忘れたらだめだと思い、先生の病院をリサーチ。実は去年、総合病院で最後の診察の日、暴風雨で行くことができず、新しく開院した執刀医の病院を訪れたことがありました。久しぶりに会えるのを楽しみにしていたものの、たまたま非常勤の女の先生で再会は果たせず。先生、開院おめでとうございますと思いながら、せっかくの機会なので一旦離れてみようと決めました。それでも、健診センターの婦人科検診は受診するようにしていて。ただ、今回嫌な痛みが走ったので、ネット上で見てみると夕方なら空いているのが分かり予約を入れました。パソコンを開いても、また手術だったら絶対に母に頼みたくないな、これまたホルモン治療が再開したら泣いてしまうなと、どうしてもネガティブな方に思考が傾きそうだったので、開き直って閉じることに。そして、家のことを済ませ息子のお迎えに行きました。すると、いつものように帰ってきたのでさらっと報告。「お母さんね、急に病院へ行かなければならなくなって、お留守番をお願いしてもいい?5時半には帰るし、何かあったらスマホに送るね!」明るく伝えると返事が。「だったら、ラーメン作って食べてる。」最近味噌ラーメンにはまっている息子は、あっさり理解してくれてほっとしました。そして、その場でお別れ。どうかこの暮らしが守られますように、そんな願いを込めて自転車を走らせ病院へ。受付を済ませ、○○先生でお願いしますと伝えると教えてくれました。「すみません。今分娩室に入っていて、お待たせしてしまうかもしれませんがよろしいですか?」と。陣痛はどのタイミングでくるか分からない、それは重々承知しているので、大丈夫ですとだけ伝え、オルゴールがBGMの待合室で待たせてもらうことに。それから30分後、看護士さんが寄ってきて伝えてくれました。「本当にすみません。まだかかりそうなので、日にちの変更をお願いしてもよろしいでしょうか?」と。今日安心したかったのだけど仕方がないと思い、日にちを変えて病院を出ました。すると、駐輪場に着き一件のメールが。『第一待合室にお入りください。』ん?誤送信だよね?!とやや困惑していると、先程の看護士さんが走ってやってきてくれました。「度々ごめんなさい。先生、戻ってきました~!」慌てて帰らなくて良かったなとお互い安堵し、そのまま診察室へ。そして、ひと仕事を終えて安堵しているかのような先生が、待たせたことを謝ってくれました。穏和な空気が前と全然変わっていない、それが堪らなく嬉しくて。「大丈夫です。」そう笑顔で伝えると、すぐに内診しようと内診室へ呼ばれました。先生の温度はあたたかく、その手で新しい命を取り出したんだなと思うとなんだか泣きそうで、そしてモニターを見ながら伝えてくれて。「左の癒着している部分は問題ないね。右の残った卵巣も腫れていない、大丈夫だ。」一気に力が抜けてほっ。「婦人科検診には行っていたんだよね?」「はい。」「経過は問題ないよ。診察室に戻ってきてね。」そう言われ、会話は続いて。「更年期症状を心配していたけど、元気そうで良かった。」その言葉を聞き、先生はずっと気にしてくれていたんだなと思いました。左だけでなく、右の卵巣にもあった腫瘍。左側は破裂寸前で、よく痛みに耐えていたと手術後に労ってくれました。それから始まったホルモン治療で、また別の辛さが。そんな時に離婚調停があったので、心配もされて。その後、先生が夢だった自分の病院を持つことになり、良かったらそちらでも診るからと案内を渡してもらいました。なんだか一年ぶりの再会に、いろんなことが駆け巡り、胸がいっぱいで。手術前、卵巣がんの疑いが出た時、開けてみなければ分からないと言われ、この医師に託したいと思いました。手術中に検査してがんだった場合、他にも転移している可能性があり、悪い所は全て取ると。なんだかまだ自分の身の上で起こっていることとはどこかで思えず、ただじっと聞いていました。途中から、トンネルに入ったかのような遠い声がして。息子のそばにいたい、その気持ちだけでした。麻酔から覚め、先生の声が聞こえ、良性だったと伝えてくれた時、それも夢なのか現実なのか、まだもうろうとしていたのだけど、執刀医の声が優しかったそれははっきりと覚えていて。久しぶりに先生に会い、改めて感謝が押し寄せました。「最近どう?インフルとか。」父の手術も重なり母の精神状態が悪化し、祖母は亡くなり、息子は第二次反抗期のようで、前の暮らしの辛さも時々思い出し、冷えや気圧の影響もあって、手術後の痛みが襲ってきたかもです。でも、先生の顔を見たら、和らいだ気がしました。言葉にしたら涙が溢れそうだったので、にっこり笑って伝えることに。「おかげさまで、元気です。先生もお変わりないですか?」「まあ、ぼちぼちやってるよ。」日の当たる縁側で、お茶でも飲みながら言葉を交わして微笑む、そんな時間のようでぐっときました。定期的な受診をやんわり約束し、笑ってお別れ。先生の夢、自分の病院を持つという大きな願い、叶ったんだね。先生が温存してくれた右側半分の卵巣、私も大切にします。

人を想う人、新天地に行っても変わらない、それが嬉しかったんだ。自転車を走らせ、息子が待っている自宅へ。何事もなかったかのように帰り、いつもの風景がそこには広がっていました。どうか成人式まで何も起こりませんように。息子と盛り上がり、沢山笑った夜。こんな日があと何日あるだろう。その一瞬一瞬を瓶に詰めて、今日もまた新しい道を進むことにする。